第57回 武徳会全国大会 令和4年7月17日(日)朝霞市立総合体育館

土佐邦彦メッセージ

初心忘るべからず―土佐邦彦


三つの初心

私の座右の銘は、「初心忘るべからず」です(※1)。

「初心不可忘」は世阿弥(日本の室町時代初期の猿楽師)の書いた「花鏡」のなかにある言葉ですが、次のように記されています。

『しかれば当流に万能一徳の一句あり。初心忘るべからず。この句、三ヶ条の口伝あり。是非とも初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず。この三、よくよく口伝すべし』

世阿弥の指した初心は、現代では「最初の心のもちよう」と解釈されておりますが、正しくは「最初の時の芸のレベル」を意味します。そうした視点から、前述の文を紐解くと、世阿弥は、三つの「初心忘るべからず」があると私たちに教えてくれています。

一つ目は、「初めた頃の芸の未熟さを忘れるな」ということです。
それによって、自らの芸の上達ぶりを相対的に知ると同時に、未熟な時の過ちを覚えておけば、同じ失敗を犯さなくてすみます。

二つ目は、芸が上達していく過程においても、徐々に段階を踏んでいくわけですから、その段階におけるそれぞれの"初心"があるはずです。芸を上達させたいのであれば、その時々の初心も忘れてはなりません。

最後は、年齢を重ね、芸の極みにまで達したとしても、これで十分だという到達点はありません。例え武道の達人になったとしても、その境地に足を踏み入れた時点で、新たな初心となるのです。
土佐邦彦
土佐邦彦

私にとっての初心


現代では「習い始めのころの謙虚で真剣な気持ちを忘れてはならない」と、その意味が若干変化してきています。それを私個人の経験と照らし合わせてみると、思い浮かぶことがあります。

今から50年前のことです。昭和34年当時、自衛隊を退職し、東映東京撮影所に職を得ていた私は西武線・大泉学園駅近くのアパートに住んでいました。仕事を終えると近くの空き地で一人黙々と自分の稽古に励んでいると、通りすがりの人の中から、入門希望者が現れ、徐々に練習生が増えていきました。

その後、アパートの大家さんの世話で、妙延寺(駅から3分)の先代・山田海潮ご住職のご理解を得て、境内の使用を許され、冬は雪を踏んでの稽古が始まりました。昭和39年に本堂裏にトタン板の屋根と囲いで、土間のままの15坪ほどの建物を自費で建設。昭和40年には床を張り、便所もついた約40畳の道場を先代・ご住職のお力で建てていただきました。

そして平成16年、45周年の記念すべき年に現・山田正憲ご住職の多大な援助とご協力により、更衣室やトイレも完備した立派な建物が建ちました。

日本空手道玄制流武徳会が発足してから半世紀が過ぎ、数多くの王者や指導者が生まれ、国内はもとより海外支部を持つ組織となりました。
原点は、私が生涯をかけて玄制流空手道普及の第一歩を踏み出した武徳会発祥の地・大泉道場です。

ここが私にとっての初心なのです。これからも「初心忘るべからず」を胸に、その心を戒めとして、日々の稽古に精進していきたいと思っています。

※1初心、忘れるべからず――という方がいますが、『忘れるべからず』は『忘る』の部分だけを口語化したものなので、気をつけて下さい。